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Shigeyuki Wada PART1

食のアーティストともいうべき男が、神奈川県鎌倉市にいる。和田茂幸、48歳。
バイオテクノロジーの知識や、大手食品メーカーの「味覚評価委員」に選出されるほどの優れた味覚を活かし、サラリーマンから転じてわずか数年で、食のプロも称賛する高品質な野菜をつくりだした。
それでも和田は、むやみに作付面積を増やすことはしない。しかし、彼は自分のアトリエを持っている。時には自らも腕をふるうというそのアトリエでは、和田の野菜がシンプルながら極上の料理へと昇華していく。
<きちんとつくった野菜で、人においしい時間をもたらす>
そんな「完成形」を頭に描き、和田は今日も畑で自らの「作品」をつくりだしている。

第1回 「アトリエ農園・アトリエキッチン鎌倉」主宰者・和田茂幸

「ほら、ピッカピカでしょ。全部うちの畑で採ったものだよ。うまいよ!」
自身の農園で朝採ってきたばかりの野菜を大皿に並べながら、和田茂幸は誇らしげにそう言った。彼は2年前に脱サラして、鎌倉で「こだわりの野菜づくり」をしている。

和田のつくる野菜は確かにおいしい。味が濃厚で食感には適度な力強さがある。見た目は不揃いでありながらも、ひとつひとつの野菜が鮮やかに輝いて主張してくる。彼は農作業を始めてまだほんの数年だが、すでにプロの料理人や食材を扱う業者を認めさせる野菜づくりに成功している。

和田がつくる野菜はなぜおいしいのか?

きっと彼は、アーティストなのだろう。
「野菜づくり」は彼を表現するひとつの手段なのだ。種を蒔く。苗を育てる。日の出と共に畑に赴き、成長の様を隅々まで見届ける。雑草を抜き、手作業で虫を避け、環境を整える。余計なものを与え過ぎず、適度に手をかけて見守りながら、植物が自ずと育つ力を引き出す。

十二分な知識と感性、作品に魂を吹き込む力、アーティストにとって必要な要素を和田は備えている。自分の作品が、調理され、皿に乗ってサーブされる姿を想像して、全身全霊を傾けて野菜を育てる。色鮮やかな野菜が皿の上で踊る。採れたての野菜を口に頬張り、噛んだ瞬間に味が口内に広がる。その時、人は笑顔になり、幸せな感情が溢れ出てくる。心が動く。それは名演奏を聴いた時、あるいは名画を見た時と、同じ感動。和田はその「おいしい瞬間」を生み出すことを求めて野菜をつくる。ゆえに、彼の野菜はおいしいのだ。

畑の中にて

なぜやるのか?

農薬、化学肥料に頼らない。微生物が分解しやすい土壌づくりには力を入れる。それはいわゆる自然農法。しかし、和田は「無農薬野菜」と大きく謳うこともしないし、昨今その人気からブランド化している「鎌倉野菜」の名を借りることもしない。彼にとって、カテゴリー分けは大きな問題ではない。ただおいしい野菜をつくる方法を勉強し、実践するのみ。いまだ失敗は多いという。まだ試行錯誤の段階ゆえか、彼は雄弁ではあるものの実に謙虚。とはいえ己の信じる道を、ブレることなく前に進んでいる。

「正直、このやり方では金にならない。ひとりでやるには畑の広さに限界があるし、手間もかかりすぎる。
金儲けするなら別の方法を考えるよ」

では、なぜやるのか?

「きちんとつくった野菜はこんなにおいしい、ということを人に伝えたい。きっと何かメッセージを伝えたいんだね。
今僕がやっていることは“仕事”ではない。“生業(なりわい)”っていうほうが近い」

和田は自分を納得させるように、うなずきながらそう言った。

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