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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第1回『プロのソーセージがおいしい理由』

日本にはおいしい食材が溢れているが、なかには残念な食べ物もある。そのひとつがハムやベーコン、ソーセージなどの加工肉。かつてはソーセージといえば魚肉で、ベーコンといえば鯨という時代があった。昭和中期には粗悪な材料を隠すため、赤色102号やコチニール色素などで表面を赤く色づけたウインナーも登場した。

そんな時代に比べれば今は日本も豊かになったが、海外でハムやソーセージ、ベーコンを食べると「肉を食べる歴史が長い国はやはり違うな」と思う。旅行先でハムやソーセージは噛むとしっかりとした塩味と豚肉の風味がきちんとあり、それに比べると日本のスーパーで売られているソーセージは頼りない味と食感の製品が多い。

しかし、日本でも百年前の人々はきちんとしたソーセージをつくっていた。千葉県山武郡横芝光町で当時の味を経験することができる。東京から一時間半、九十九里浜にほど近い横芝光町は大木市蔵の生誕地である。

大木市蔵は一般にはほとんど知られていないが、日本のハム・ソーセージの父と呼ばれる人物だ。明治28年、千葉県匝瑳郡東陽村(現・横芝光町)に生まれた。横浜で職人としての修行をはじめ、ドイツ人ソーセージ職人マーテン・ヘルツからソーセージの製法を習う。大正6年、第1回神奈川県畜産共進会に日本ではじめてソーセージを出品し、その後は伝道師として加工技術を日本に広めた。

大木の味を受け継いでいる店は日本に何か所か残っているが、横芝光町では商工会青年部のメンバーが百年前の製法を復刻し『大木式ハム・ソーセージ』として製造、販売している。製造を担当しているのは「フードショップいちはら」という会社。工場を訪れて、製造工程を見学した。

ソーセージの製造工程は大まかにいうと

1)肉を塩漬けにする

2)1を練肉にして脂と肉を乳化させる

3)ケーシング(腸)に詰め、乾燥させる

4)燻製にかける

と至ってシンプル。機械は新しくなったが、製法は当時のままである。肉を塩漬けする場合、大手ではソミュール液(塩水)に浸けるが、大木式は手作業で塩をまぶしていく。それも赤身は赤身、脂身は脂身でわけるのである。塩の浸透具合は脂と肉の部分で違う、というのはわかるが、大変な手間だ。化学調味料や増量剤は一切使わず、必要最低限の添加物(亜硝酸Naなど)が入るだけだ。亜硝酸Naはヨーロッパでも伝統的に使用されている硝石の成分。発色剤でもあるが、いわゆるソーセージらしい風味を出してくれる。

なぜ『大木式ハム・ソーセージ』がおいしいのか。その理由には横芝光町という場所が関係している。この町には百年を越える歴史を持つ全国でも珍しい町営の食肉センターがあり、処理されたばかりの新鮮な肉が手に入るのだ。

時々「ソーセージを手作りしたい」という方がいるが、家庭では難しい。スーパーで売られている肉は鮮度がわからず、解凍肉も多いからだ。鮮度のいい肉はアデノシン三リン酸(ATP)という成分が活きているので肉の結着がよくなり、ソーセージ独特の食感が出る。他にも温度管理や充填技術などの技も、一朝一夕に真似できるものではない。

フランスでもハム・ソーセージの類は料理人の仕事ではなく、シャルキュトリー(加工肉職人)の領域。なんでも手作りが一番と考えるより、大人しくプロの手を借りる方が賢い、ということだ。

大木式ソーセージは噛みしめるごとにじんわりと濃い豚肉の味が口のなかに広がる。冷めると皮にシワが寄るのは肉に混ぜ物をしていない証拠だ。

ヨーロッパの家庭ではハムやソーセージを使って簡単に食事を済ませることがある。サラダとハム、それにチーズなどを並べただけの食事は簡素だが豊か。そうした上手な手抜きは日本の家庭料理にとりいれたい。

ソーセージは焼いたり茹でたりするだけでもおいしいが、料理にも使える。ソーセージとレンズ豆の煮込みはフランスの家庭料理だ。

〈ソーセージとレンズ豆の煮込み〉

レンズ豆  100g(茶色レンズ豆または緑レンズ豆)

ソーセージ 200g

タマネギ   1/2個

オリーブオイル 大さじ1

水     500cc

塩 コショウ

1)レンズ豆はさっと洗っておく。ソーセージは針で二、三か所穴を開けておき、タマネギはみじん切りにしておく。

2)鍋でオリーブオイル、タマネギを弱火で半透明になるくらいまで炒め、水、ソーセージ、レンズ豆を加える。沸騰するまでは強火、沸いたらアクをとり、弱火に落とす。

3)15分~20分間煮て、汁気が少なくなり豆が柔らかくなれば火を止め、塩、コショウで味を調える。

物足りなければ塩を控え、代わりに顆粒のコンソメやブイヨンなどを小さじ1加えるが、きちんとつくられたソーセージであれば充分な味がでる。

最後にハム、ソーセージを選ぶポイントは裏面表示に「大豆・卵由来の成分」と書かれていない製品を選ぶことだ。それは増量剤を使っていない証拠。いずれにせよ、信頼できる作り手の製品を買いたい。

(写真 志賀元清 料理写真 筆者)

樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』などがある。

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