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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第12回(最終回)「豆味噌がおいしい理由」

豆味噌は岡崎の八丁味噌が有名だが、海を挟んで向かい側の知多半島でもつくられている。岡崎は三河の国、知多半島は尾張の国で、別の国だったが食文化という点では共通する部分が多い。しかし、その豆味噌は八丁味噌とは別物で、知人の話では「両方知らないと豆味噌について知ったことにはならない」らしい。
調べてみると知多半島には半田、常滑など醸造業の盛んな町が多い。なかでも武豊町の特産品は豆味噌と溜まり醤油。これらが特産品になった理由として、気候が温暖で水が良かったこと、また、明治19年に鉄道の武豊線、明治32年に武豊港が開港し、製品や原材料の輸送に適していたから、と観光案内にはある。
武豊町で豆味噌と溜まり醤油を醸造している中定商店さんを訪ねた。中定商店の創業は明治12年、軽く百年以上も変わらない製法で、味を守り続けている。明治時代、大正時代、昭和初期と建てられ、現在は登録有形文化財に指定されている古い蔵が並ぶ。
中定商店の「宝山味噌」という豆味噌は料亭「分とく山」などからも愛用され、高い評価を受けている。原料は愛知県産の大豆と自然塩、杉の木桶を使った天然醸造だ。味見をすると豆の旨味はもちろんだが、個性的な香りを感じる。ある意味、慣れ親しんだ岡崎の八丁味噌とはまったく違う味だ。
愛知=豆味噌と簡単に思ってしまうが、それぞれの味があるのだ。八丁味噌は水分含有量が少ないが、こちらの豆味噌は比較的やわらかい。どのような部分でこうした違いが出るのか、蔵を見学させてもらいながら、中定商店の六代目の中川安憲さんからお話を伺った。
「まず、豆味噌は全麹でつくるんですね。普通の味噌なら例えば半分が大豆で、もう半分が麹──米だったり、麦だったりしますよね。でも、豆味噌は大豆をすべて麹にするんです。これはあまり知られていない気がします」

豆味噌が全麹でつくるということは、もちろん知らなかったので、はじめから驚きである。豆味噌は一般的な米味噌とはかなり違う作り方をするようだ。

──全量と言うことはそれだけ麹づくりが大事になる気がしますが。

「そうです。ようするに大豆だけなので、雑菌におかされやすいんです。大豆を発酵させた食べ物に「納豆」がありますが、麹菌と納豆菌は生育に適した温度帯が隣り合っているので、そこが難しい。大豆への吸水や蒸し方はそれぞれ工夫していると思います。このあたりはどの蔵元も共通で、違うのは仕込み水の量と味噌玉の大きさ、麹をつくる時間などが違いです。銀袋に入って売られているカクキューさんの八丁味噌がありますよね。あれが本来の八丁味噌だと思いますが、それと比べるとこちらの豆味噌は水分含有量が多い。塩分濃度は同じくらいだと思いますが、うちは大豆に対しての出来上がり量が2倍くらい。八丁味噌は1.8倍くらいだと聞いています」

「これが味噌玉の見本です。乾燥して小さくなってしまってますけど。味噌玉の作り方はまず、吸水させた大豆を蒸気で三時間くらい蒸します。大豆がやわらかくなったらこういう機械に通します」

「うちですと味噌玉の大きさは25mm、長さが3〜5cmくらい。八丁味噌はこぶし大と言われていて、その違いが一番、大きいと思います。味噌玉に種麹と香煎(こうせん)という大麦を炒った粉をまぶして、麹をつくりますが、その期間も八丁味噌は三日麹といって、三日間。うちの方は二日ほどと少し短いです。麹の温度は30度前半。低めの温度で行う理由は大豆ですのでプロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)が優位になること、また30度後半になってくると他の菌が活性化してしまうから。手入れを数度、繰り返し、40数時間後完成となります」

なるほど。味噌玉が大きいと表面積が減る。すると、通性嫌気性である乳酸菌が増え、乳酸が生成される。それが豆味噌独特の酸味を生んでいるわけだ。こちらの地方の味噌は味噌玉が小さい。したがって、酸味と渋味が抑えられたマイルドな味になるということだ。どちらがいい、悪いではなく小さな工程の違いが味の差を生むのだ。
室から出された麹は桶を桶に移すのだが、その前に踏み込むことで表面にヒビを入れる。そこに塩水を注ぎ、空気を抜きながら詰め込んでいく。塩水を注ぐ。布を敷いて、石を載せれば後は発酵熟成を待つばかりとなる。

「桶一つ当たり1個10kgくらいの石をだいたい120個くらい載せています。石の量は八丁味噌さんに比べれば少なく、こちらはせいぜい1.5トンくらい。水分の割合が多いからです。うちは基本的に三年間、三回夏を越すのを基本にしています」
味噌一つつくるのにおそろしく手間と時間がかかることにため息が出る。昔ながらの製法を守る、という使い古された決まり文句があるが、実際には大変な作業だ。蔵には木桶が並んでいた。
「やっぱり木桶の良さっていうのはこの木の繊維のなかに色々な菌が棲みつき、他にはない味わいを出せること。天然醸造なのは菌自体も生き物なので、自然環境、冬から夏に向かってはゆっくり温度が上がっていき、冬に再び気温が下がると休む時期がある。そういうのがやっぱり生き物にはいいんですよね、菌もいい仕事をしてくれるので、複雑味が出て、おいしくなる。やっぱり二年より三年。コクが増すのは時間だと思っていて、それでやっています」
豆味噌を煮干し出汁で溶いた味噌汁を味見させてもらった。赤味噌特有の渋みがあり、すっきりとして夏にぴったりの味噌汁だ。

──豆味噌には粒のままの味噌とすり味噌の二種類があるじゃないですか? どちらが売れているんですか?

「すり味噌ですね。でも、昔は結構、家にすり鉢や擂り粉木があったから自分の家ですっていたと思います。その違いは粒あんとこしあんの違いみたいに思ってください、という風に説明しています。粒あんとこしあんを比べると、粒あんの食感はあっさりしてますよね? でも、お子さんとかには『粒が嫌』という場合もあるので、そういう家はすりみそがいいのかな。もう一つは、豆味噌はしっかり煮込んでいいんです」

──そうなんですか? よく味噌汁は煮込んじゃ駄目とか言いますが。

「豆味噌は煮込むことで、濃縮され旨味が増すのでぐつぐつやっていただいて大丈夫です。逆に米味噌の特徴は香りなので、飛んじゃうと勿体ない。テレビとかの情報が米味噌についての話が多いので、煮立てちゃいけないと思っている方もいるんですが、味噌煮込みうどんなんかはそうじゃないですよ、という風に説明させていただいてますね」

なんと豆味噌は煮込んでおいしくなる味噌なのだ。早速、家に帰って試したところ、それは本当だった。出汁と一体化するというか、バラバラだった味が一つにまとまり、味が丸くなるというか、まろやかになるのだ。
現代は何事も時間と効率が求められる時代だ。そうしたなかにあって時間が生み出す価値があることを味噌づくりは教えてくれる。

1年間のご愛読ありがとうございました。こちらのサイトでの連載は今回で最終回となりますが、『おいしいものには理由がある番外編』は
note『TravelingFoodLab.
で続けておりますので、ご興味ある方は是非、引っ越し先でもよろしくお願いいたします。


樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』『長寿の献立帖 あの人はなにを食べてきたのか』などがある。

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