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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第10回「夏野菜がおいしい理由」

農業の現場の取材をしていると『おいしい野菜はどこにあるのか?』という疑問がわいてくる。現場で食べる野菜とスーパーマーケットで食べる野菜の味があまりにも違うからだ。
野菜の味を決める要素は鮮度、品種、栽培の3つだが、なかでも鮮度の違いは大きい。小売店にならんでいる野菜は少なくとも産地集荷市場か農協、出荷組合などを通る。また、農協から卸売市場に運ばれ、そこから小売店に運ばれるという形が一般的だ。直接消費者に届けるルートも増えてきたものの、統計上は野菜類のおよそ八割近くが卸売市場をへて、流通している。コールドチェーンや予冷(あらかじめ冷やすことで野菜の鮮度の低下を防ぐ技術)が発達したことで、昔よりはおいしくなったはずだが、産地で食べる味には適わない。
最近、注目されているのは市民農園だ。市民農園とは農家ではない一般の人が、レクリエーションを目的として農業をする場所で、農地を借りて農作物を育てたり、プロの指導を受けながら、植付けから収穫までの一連の農作業を体験したりできる。東京都が都民に行った調査によると農作業をしたいと考えている人は半数を超え、特に若い世代(=20代をみると68%)の人からの関心が高い。こうした中、特に都市部では市民農園が不足している状況が続いている。それほど人気だとご存じでしたか?

千葉県の勝田台。自宅の近くに農地を借り、週末農業をしている真田さん(仮名)を訪ねた。真田さんは定年退職後、再就職。平日は職場に通い、週末には農業を楽しんでいる。
「畑には毎日、足を運びます。朝、6時くらいからまず野菜が虫に食われていないかというチェック。収穫したり、片付けたりと作業をしますが、さすがに今は一時間もやっていると暑くなってくるので、なるべく涼しいうちに済ませます」
畑には30種類ほどの作物が植えつけられていた。きゅうり、なす、ゴーヤなど夏野菜のシーズンで、トマトが実っていた。
「トマトを食べてみてください。甘いから!」
畑でミニトマトをちぎって食べる。噛みしめるとジュースが口に広がった。たしかにおいしい。ミニトマトはアイコという品種を植えている。普段、食べたことのない品種を食べられるのも家庭菜園の良さだ。
「ピーマンも熟れていたほうがおいしい。でも、普通に売っているピーマンは破裂すると価値が落ちるし、なにより日持ちしなくなるなら早めに収穫してしまうでしょう」
なるほど。先ほどの品種もそうだが、スーパーマーケットで売られている野菜がおいしくない理由として日持ちの問題も考えられそうだ。流通にのる野菜は決まった大きさで、しかも日持ちがする品種が好まれる。日持ちがするということは皮が硬いということだ。
当然、農薬や化学肥料も使っていない。肥料は遅効性の鶏糞を中心にまいているとのことだった。今年(2018年)の猛暑にあっても夏野菜は順調に生育している。水は一切あげていないのにもかかわらず、これほど育つのは自然の凄さだ。
夏野菜のおいしい理由は含まれる水分にある。スイカやキュウリは昔から天然の水筒で、水分補給として重宝されてきた。夏野菜は熱中症の予防にもなる。暑い今の時期は冷たい飲み物をがぶがぶ飲むのではなく、トマトやナスから水分を補給したい。

取材に訪れた日はあまりに暑かったので、畑からは早々と退散し、家でキュウリをご馳走になった。前日、収穫し、冷蔵庫で冷やしておいたキュウリと、さっきとってきたばかりのものを食べ比べてみる。品種も生育環境もまったく同じ。これが驚くほど味が違うので驚いた。昨日、収穫したキュウリは皮がやや硬く、みずみずしさにかける。たった一日で! 鮮度は変わるのである。本当においしい野菜を食べたければ自分で育てるか、農家から直接わけてもらうしかない、のかもしれない。
「食べきれないので知人にあげたりしています」

週末農業のコツは二点。一つは多品種を植えること。そうすれば仮に一つがダメになったとしても他の作物でリカバーできる。二つめはやはりこまめに畑を観察することだ。面倒を見なければ上手に育たないのは人も野菜も一緒。野菜を育てれば食べる以外にも、季節を感じられたり、人が集まったりするなどの良いこともある。
農業の未来について悲観的な見方があることはもちろん知っているし、危機感は重要だ。しかし、こうした野菜は統計上の数字には当然、あらわれない。その形が変わっていることにも目を向けなくてはいけない。これからの農業は週末ファーマーがその一端を担うことになるのかも・・…と考えさせられた。

参考
(株)社会経済生産性本部「レジャー白書 2008」


樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』『長寿の献立帖 あの人はなにを食べてきたのか』などがある。

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