MENU CLOSE

伝統と変革のはざまで 「糀屋三郎右衛門」7代目 辻田雅寛 PART-1

今、“MISO”が熱い! 世界的に日本食ブームが広がっているが、なかでも最近は“MISO SOUP(味噌汁)”の人気が高いそうだ。味噌のおいしさが、世界的に認定され始めているのだろうか。フレンチやイタリアンのシェフが、隠し技として味噌を使うケースも増えているとのこと。「糀屋三郎右衛門」7代目の辻田雅寛(※辻は一点しんにょう)は、「味噌・こうじのポテンシャルは高いです。国内外で人気が上がっている今は、あらゆる意味で、ちょうど変革の時期なのかもしれません」と語る。

◆味噌に魅せられた外国人たち

ここ数年、辻田の店「糀屋三郎右衛門」に外国人客が増えてきているそうだ。数日前にも、中国系レストランを営業しているシンガポール人が、その前にはオーストラリア人が、来店したとのこと。これまで多くの外国人が店に訪れたが、なかでも特に熱心だったのがあるアメリカ人で、ほぼ一か月間、毎日のように店に通い、最終的には『The Book of Miso』(William Shurtleff、Akiko Aoyagi著Ten Speed Press出版)という英語の本を出版したそうだ。「外国人、特に欧米の人って、味噌を知ると意外とはまるんですよ」と辻田はいう。

日本人にとって、味噌は子どもの頃から慣れ親しんだ味だが、外国人にとっては未知の味。だからこそ、そのおいしさにひとたび気付くと、やみつきになってしまうのだろう。味噌は、ほかの調味料、素材との相性も良く、日本食以外でも、使い方によっては思わぬ効力を発して深みのある味をつくり出す。さらに、原料はヘルシーな大豆とこうじ。発酵食品であることから、健康にも美容にもいいという評判が、その人気と価値に勢いを付けている。

「以前の日本では受け入れられなかった味噌の食べ方を、外国人は発信してくれます。発信元が外国人だと、日本でも受け入れられるようになるんですよ。古いしきたりにしばられることなく、変えていくことも必要だと思っています。海外でのブームが味噌の常識を変えるきっかけになるんです」
辻田はそう語る。

◆SNSが味噌・こうじ業界に旋風を起こした

日本国内では、数年前から“こうじブーム”が起こり、それは今でも続いている。塩こうじブーム、甘酒ブーム、さらには手づくり味噌ブーム。辻田は「以前はテレビや雑誌で紹介されても瞬間的なブームで終わっていました。それが最近はSNSでも発信されるから、アーカイブとして保存されて、時間が経っても検索して見てもらえます。同時に料理研究家がレシピを発信してくれて、いい意味ですべてがリンクしていますね」という。

一時は日本の食卓から味噌汁が消えることが危惧されたが、業界の努力にSNS旋風が後押しして、味噌・こうじ業界も勢いを取り戻した。メディアは侮れないのだ。辻田は現在、店のウェブサイトのリニューアルを検討している。特にオンライン販売のページを使いやすいようにデザインを変更する予定だそうだ。

◆地球環境が味噌を変える

グローバル化、メディアの影響などで、味噌をめぐる環境は変わってきたが、気候の変動が味噌に与える影響も大きい。辻田曰く、「日本は世界にも稀にみる発酵食品大国です。日本に発酵食品が根付いたのは、つくり手があえて意識しなくても、微生物が増えるのに良い環境だったから。ところが、最近の温暖化で状況は変わってきています。湿度が高くなり、日本は亜熱帯のような気候になっている」。

辻田は続ける。「発酵学を専門とされている先生は、『自然は“放置”とは違う。気候が味噌づくりに適してない場合は、調整が必要。そうしないといいものはできない』とおっしゃいます。でも僕は考えるんですよ。暑いところに住んでいる人が、昔と同じ味噌の味を好むかどうかはわからないと。それなら、あえて放置してやってみようか、とも」

◆まずは大豆ありき

世の流れに乗って変革していくことは大事。だが、辻田がどうしても変えたくないことがある。それは、7代目として、「伝承された本物の味を守るということ」だ。

「うちの店では富山の『エンレイ』という大豆を主に使っています。僕は別に国産品至上主義者というわけではないんですよ。日本は大豆そのものの生産量が少ないから、国外のものを使ってもいいと思っています。ただ、南米や欧州では、主に油脂を抽出するために栽培している。用途が違うから大豆の味も違うんですね。どうしても味噌には日本産の大豆が合うんです。味噌は独特の風味を持つ調味料ですから、そこは大事なんですよね」

さらに辻田はいう。
「僕は、有機農法による農産物しか使わないというわけでもない。ただ、うまみが表現できる大豆にこだわって探していたら、たまたま有機農法の大豆がおいしかった、ということです。味が全然違いますから。農家がいいものを手間暇かけて一生懸命つくっているなら、それで十分なんですよ。有機認定されるために数年はかかるし、認定料も高い。僕はむしろ、有機認定いらないじゃん、って思っているくらい。そのために値段が高くなってしまうと、現実的に付き合っていくのは難しくなりますからね」

味噌づくりは、「まずは大豆ありき」。納得できる味噌づくりをするために、原料に妥協はできない。

◆思いがけないほど良い「こうじ」が生まれる

味噌づくりの味の決め手は、「こうじ」だという。「糀屋三郎右衛門」の店では、味噌の原料となるこうじも自家でつくり、さらに商品として販売している。

「都内で、自家のこうじを使って味噌をつくり、販売までを一貫して行っている店は、うちくらいだと思いますよ。こうじもうちの大事な商品で、個人の方もよく買いに来るし、業者にも卸しています」と。

辻田は話しながら、しきりに室(むろ)の入り口のドアを開け閉めしている。「こうやって時々、室の温度や湿度を調整しているんですよ」。彼が無意識のうちに行っている動作を、辻田の妻が横から説明してくれた。前の日も辻田は夜中3時まで起きて、室の管理をしていたそうだ。こうじ菌は生き物。時間を選ばず、天候次第で変化してしまう。「あと3時間もしたら菌は生え揃いますね。そのあとは乾燥機にかけて半分に切って袋詰めするんですよ」、妻は説明を続けた。

室にはエアコンなど空調設備は付いているが、それだけでは対応しきれない。寒くなったらボイラー、暑くなったら扇風機。実にアナログ的な作業ではあるが、辻田が目で見て、肌で感じて、手をかけることによって、「糀屋三郎右衛門」オリジナルの特上こうじは生まれている。

辻田は、「機械を使えば、もっと安定したものがつくれるとは思うんですよ。でも、手づくりすると失敗もあるけど、時々思いがけないほど良いこうじができることがあるんです」

不安定というリスクを負いながらも、何回かに一度、極上の産物が生まれる。それこそが手づくりの醍醐味。もちろん、偶然の産物に歓喜して終わるわけではない。普段から綿密なデータを取って、出来が良かった時と同じ状況をつくり出そうと試みている。だが、なかなか再現は難しいとのこと。もしかすると、それは一生懸命手をかけてつくっている者への神様からのプレゼントなのだろうか。

「6代目の父は、うちの店の“こうじ”は門外不出という方針で、室の中の取材はさせませんでした。つくり方も公表してなかったんですよ。でも、僕はすべてオープンにしている。つくり方はどこでも一緒で、隠すほどのことはないんです。ただ、同じ方法でつくっても、つくり手、場所によって、でき上がりは変わる。同じ室で同じ人がつくっていても毎回同じものができるわけではないですから、オープンにしたところであまり関係ないんですよ」

次のページにジャンプ

デリシャスタイムのレストランプロジェクト

ピックアップ

Instagram