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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第9回「狭山茶がおいしい理由」

狭山丘陵一帯は茶の産地。なかでも最も生産量が多い入間市にある狭山茶農家『的場園』を訪ねた。名前こそ知られている狭山茶だが、生産量は少ない。他の産地と違い、畑の規模も小さく、家と家のあいだに茶畑がある、という印象だ。

 5月下旬、まずは畑で二番茶の摘み取りを見学させてもらった。葉の柔らかい部分だけを刈りとるわけだが、機械で一気に刈り取られていくさまは圧巻。他の産地では4月から一番茶のシーズンを迎え、それから二番茶、三番茶、秋番茶と収穫が続くが、茶栽培の経済的な北限と言われる狭山では5月から一番茶、そして下旬には二番茶を収穫し、それで終わり。

 一般的な産地との違いは他にもあって、茶の生産は通常、加工や流通などが分業化されているが、狭山茶の生産地では生産から製造、販売まで一貫しておこなっている。「自園、自製、自販」というそうだが、そのため各店ごとに味や風味に特徴がある。

 工場で的場園の後継者、的場龍太郎さんからお話を伺った。

「うちでは茶葉を朝、6時から摘みます。植物は朝が一番、水分量が多い。葉っぱに水分が多い時に摘むというのがうちのやり方です。摘むのに時間がかかるので、他のお茶屋さんはそこまで一気にできないのですが、うちはでかい機械で短時間に摘むので、こういうことが可能なんです」

 畑で摘みとられた茶葉はコンテナですぐに工場に運ばれる。茶の収穫というとよく袋に詰める景色が紹介されるが、袋に詰めると蒸れてしまい品質が落ちるという。朝の光に透ける茶葉の色が印象的。
 最初の工程は「蒸す」工程。セオリーはあるが、茶葉の状態によって蒸し時間は都度、微妙に異なるという。

「うちはちょっと変わっているので、ほかとは並べてある機械が違います。でも、原理自体は一緒です。日本茶には800年くらい歴史があるんですが、この蒸して煎茶をつくる技法は1730年頃宇治の永谷宗円が始めたもの。蒸すことで茶の酵素を失活させ、色を保つのが目的です。また、蒸す秒数で「苦さ」「渋さ」を調整するのですが、うちは飲みやすくて味が出る「深蒸し」という手法をとっています」
 あたりには茶特有の香りが漂っている。的場さんが蒸し上がったばかりの茶葉を手にとり、見せてくれた。
「蒸した時、この香りがでないとダメです。少し甘い、熱が通ったタンパク質の香りがしますよね。これが深蒸し茶の特徴です。浅蒸しの場合はもっとフレッシュな青い香りがします。水分量は手触りで判断します。品種などで変わるので感覚でやるんです」
 蒸した茶葉は冷却され、特殊な機械で乾燥させていく。乾燥の工程に使われる「的芽機」は的場さんの義父が発明したオリジナルだ。工場には今年、導入したという茶葉を高い温度の水蒸気で加熱する機械も並んでいたが、狭山茶の硬い茶葉をいかにおいしくするか、という研究を長年続けた結果らしい。

──設備投資をしても回収できないのでは?

「荒茶(製品としての茶の原料となる茶葉)屋さんなんかは導入できないでしょうね。うちは小売りができるので導入できるんですが…。荒茶価格は年々、厳しくなっています。お茶の世界は輸出など華やかで注目されている部分もあるんですが、状況としては難しい点も多々ある。これから数十年が勝負ではないでしょうか。ただ、機械の導入は父の趣味のような部分はありますけどね(笑)」

 消費量が減っていく中、どのように採算をとっていくのか、というのは茶業界だけではない課題だ。

「お茶は蒸しと揉み込みに入るまでの予備乾燥の段階で、味の9割が決まってしまいます。うちは渋くなくて、色が濃いお茶をつくるために、こういう特殊な機械や技術を導入しています。ただ、欠点は、熱を加えていくので、香りが弱くなる。最近、流行り始めているシングルオリジンの香気の強いお茶というよりも、飲んでおいしいお茶──熱湯で入れても渋くない、誰が煎れてもおいしい──というようなお茶を目指しています」

 ある程度、乾燥させた茶葉は揉み込んで形をつくる工程を経て、製品になっていく。その前に選別やふるいわけ、ブレンドなどをする「仕上げ」という作業があるが、それも当然、手作業である。

 仕上げの際に乾燥した茶葉を加熱する「火入れ」という工程があるが、狭山には「狭山火入れ」という独特の技術があり、それが特徴のひとつになっているという。ただ、手揉みの時代の技術らしく、現在の「狭山火入れ」に明確な定義はなく、強めの火入れというだけで、それぞれの生産者が工夫しているらしい。

「うちは5種類火入れの機械をもっているので、種類に応じて使い分けています。そういう細かい部分は変わっているんですが、お茶の製造原理自体は800年間、一緒なんです。でも、消費者のニーズは当然、変わっているので、すっきりした香りのいいお茶が欲しいという声があれば、当然、それに答えていく必要があると思う。製法ありきではなく、消費者ありきで考えていく必要がありますね」

──今後、お茶を飲む文化が残っていくためにはなにが必要でしょうか?

「輸出などもやっていきたいけれど、食べるお茶なども始めていますし、ワークショップやお茶煎れ講座みたいなセミナーは力を入れていきたい部分です。炭酸で水出ししたりすると玉露のような甘い味になるんですが、そういうことは驚いてもらえる。生産者が話すことで的場園のファンを増やすというより、お茶のファンを増やしていきたいです」

 茶を食べるといえば「お茶のジェノベーゼソース」は、初回製造した分が売り切れるなど好評だ。茶の購入方法についてはいろいろな小売店に出しているが、今のところ直接買いに行くか、電話で問い合わせとのこと。

 工場の片隅で水出しした煎茶をご馳走になったが、これが暑い日には絶品だった。水で抽出することで苦み成分などが少なくなるので、甘い狭山茶の特徴がよく出ている。

 煎茶の問題点は簡単に言うと「よくわからない」という点だと思う。お米の品種は色々とあるが、日本茶の品種は「やぶきた」がほとんどを占め、同じ産地であれば収穫時期もほとんど同じだ。煎茶はどこで買っても同じ味というのは言い過ぎだとは思うが、品種や製造工程の違いがどのように味に影響するかまったくわからない。こうしたことを発信していくことも文化を残していくためには重要なことなのだろう。

 悪い言い方をすると、つい最近までお茶は無料で飲むものだったし、茶葉は贈答品で、値段で選ぶことはあれど、味で選ぶものではなかった。コーヒーなら仕事中にも飲めるし、ペットボトルのお茶なら気軽に飲めるが、リーフからお茶を煎れる機会はたしかに減った。その流れが変わり始めたのは最近のことだ。お茶を煎れる間、流れる時間を味わうことの良さにみんなが気づき始めたのだろう。たしかにテーブルを囲みながらお茶を飲むと、同じ温度で繋がれる気がする。

的場園
住所 埼玉県入間市南峯68
電話番号 04-2936-0615


樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』『長寿の献立帖 あの人はなにを食べてきたのか』などがある。

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