MENU CLOSE

この手で運をつかみ取る 天然氷のかき氷戦士 高橋 秀治 PART-2

◆怒りを天に向けて

天然氷をつくることができる場所は限られている。冬場、自然に氷ができる場所であり、なおかつ雪が降らないところ。山や木の陰になり直接日光があたらず、水がおいしく、さらに排水できる川が近くにあるところ、などなど。それらの条件に合致する場所を探すのは至難の業だ。だが、スキーにはまっていた高橋はこう考えた。

「簡単だ。天然雪のゲレンデがないところか、山スキーができない山を探せばいいじゃないか」。
高橋は、すべての条件が合致する地、山梨県北杜市八ヶ岳の南麓を選んだ。なんといっても、この地は名水で名高い南アルプスの麓だ。

かつての繋がり、知人の厚意を得て、なんとか資金は調達できたものの、簡単にことは前に進まなかった。だいたい、名水と呼ばれる地で、勝手に井戸を掘ることが許されるわけがない。さらに彼自身、自然相手の仕事は初めて。パソコンのキーボードは簡単に操れるが、チェーンソーは触ったこともなかった。前進しようとしてはくじかれたものの、そこは起業家時代に得た知恵も手伝い、ひとつひとつ問題を地道に解決していった。

初年度が終わりに近づき、やっとのことで氷が仕上がった。切り出しの前日、高橋は自己破産に関する裁判で東京に向かった。ほんの一年前まではポルシェを乗り回していたが、この時は軽トラックで中央自動車道を走っていた。帰り道、雪が降り出した。雪は次第に強くなり、渋滞が続く。ついに大雪のため、談合坂が封鎖された。記録的な大雪だった。よりによって、なぜ、この日に…? 氷はかち割って廃棄処分された。

「俺、やっぱり悪の限りを尽くしたから、神様はまだ許してくれないのかな…。このバカ野郎! 」
高橋は、空に向かって中指を立てた。彼は、空に向かって詫びることはしない。どこまでも挑戦する戦士なのだ。たとえ相手が自然であっても、神であっても、前に立ちはだかってくる相手にはなんとしてでも負けたくなかった。負けるわけにはいかなかった。自分を信じて、サポートしてくれた人々がいたから。家族がいたから。高橋はなんとしてでも自分自身の手で、運をつかみ取らねばならなかった。

◆「何度も心折れました」

真夜中の氷のプールは幻想的な世界だ。足元に広がる透明の氷の上に立つと、まるで夜空を歩いているような錯覚に陥る。月の光が氷上で滲む。ざわめく木が影となってゆれる。自然の鼓動すべてを感じ取った氷が、ほんのわずかに息をしながら育っていく。

雨が降る。木々にとっては自然の恵みだが、それは氷づくりにおいて、死を意味する。必要とあれば、まだ固まりきっていないプールに足を浸からせて、氷を叩き割る。最も辛く悲しい作業。最高の氷をつくるためには、何度もやり直しを強いられる。

雪が降る。それは戦いだ。ひとたび氷上に雪を積もらせてしまうと、氷の温度が上がって品質が落ちてしまう。降り止むまで、氷の上から雪がなくなるまで、ただひたすら雪をかき出す作業が続く。24時間、力の限りに雪と格闘する。

「俺、なんでこんなところでこんなことしているんだろう。どこまで自然は俺をいじめるんだ? 」
さすがに我慢の限度を超えた高橋は、「バカ野郎!」と叫びながら、再び空に中指を突き立てる。

「そうやって空に向かってブチギレるから、意地悪されるんじゃないの?」。
IT会社時代から高橋を支えている女性社員は、冷静に彼を諭す。かつて、高橋の敵は同業種の競合企業だったが、この仕事を始めてから、目の前の敵は常に自然だった。自然は非情だ。だが、まっすぐに向き合い、敵を知るうちに、その恩恵の方が大きくなっていく。天然氷は自然の叡智と人間の技術が合わさって、初めて生み出されたもの。彼自身が伝統ある日光の氷職人から学び得た知識も多い。翌年から氷室に天然氷が積み上がるようになり、年々その量は増えていった。何度も戦いを繰りした末に生まれた天然氷は、高橋にとってはダイヤモンド以上の価値がある。

◆「秋はゴルフ三昧だね」

二月も半ばを過ぎると、氷室の氷は山積みになり、氷づくりは終わる。春は得意先相手の仕事が多い。夏の繁忙期を前にして、まずは冷凍庫を持っている大手客先への出荷が始まる。有名な老舗和菓子店「とらや」も蔵元八義の氷を使用している。この時期から、かき氷づくりの研修にやってくる業者も増えてくる。高橋は自分が得てきたノウハウを惜しみなく伝授する。

夏場は、「蔵元八義のかき氷小屋」がフル可動する。今年は「はくしゅう道の駅店」以外にも、「八ヶ岳リゾートアウトレット店」もオープンする。昨年、ピーク時は一日1000人以上の客が並んだ。メディアに取り上げられることも増え、今夏も大忙しだろう。冬と同様、高橋は休みなしで、ただひたすら働き続ける。

9月になると氷の在庫はすっかりなくなる。ここでやっとひと息。
「秋はゴルフ三昧だね! 夏の間にがっぽり稼いだから、少しは遊べるんだよ。従業員だって、長期旅行に行けるよ。いいよ、うちの職場は! 」

高橋は鹿よけのために飼っている甲斐犬のクロとチャーを遊ばせながら、話し続ける。
「俺、ゴルフやってるうちに、真冬のあの心折れる仕事、忘れちゃうの。冬の間、来年はもう絶対こんな辛い仕事しないって誓ったはずなのに、それすっかり忘れちゃって。バカじゃないとこの仕事はできないよ」

いや、彼は決して忘れてはいない。夜の氷上の寒さ、厳しさ、そして美しさ。業者の手伝いを得て、大勢で氷を切り出す日の喜びを。

「天然氷だけにいつまでも頼ってはいられないでしょう。もう貧乏はこりごりだ。企業戦士時代以上の売り上げを上げたいね」
高橋はリスクヘッジを考えて、すでに行動に移しているという。マインドはあくまでもビジネスマン。だが、彼自身が自然の魅力の掌中にすっかりはまっていることも確かだ。

取材・文 沖山ナオミ
写真 中村年孝

デリシャスタイムのレストランプロジェクト

ピックアップ

Instagram