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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第8回「木頭ゆずのおいしい理由」

 「Edamame(枝豆)」や「Shiitake(シイタケ)」などの野菜は諸外国でもすでにお馴染みとなった。これから広まることが予想されているのが「YUZU(柚子)」だ。
 契機となったのは2002年、来日したスペインを代表するレストラン『エルブリ』(現在は閉店)のシェフ、フェラン・アドリアが柚子を気に入り、持ち帰ったこと。もちろん、柚子はそれまでも一部のフランス人シェフたちがフリーズドライの果皮や瓶詰めの果汁を料理に使われてはいたが、エルブジのような影響力のある店のメニューに「柚子」という単語が載る意味は大きかった。
 先日、日本における柚子の生産地のひとつ、那賀町を訪れた。徳島県における柚子の生産量は日本で二位(一位は高知県)。山間に抱かれるようにあるのが昔、木頭村という名前だった集落だ。

 人口900人あまりの木頭村は柚子の一大産地で、木頭ゆずという名前でブランド化している。生産地を訪れるのははじめてだったが、想像以上の僻地である。(失礼!)徳島市からバスで2時間半、高知との県境にも程近く、むしろ車で行くのなら高知からのほうが近い。
「四国のチベットと呼ばれてますからね」
 と案内してくれた町役場の担当者の方が笑う。夏には名産品である木頭杉にまたがって川を下る祭りを見学しに、県内外からのお客さんで賑わうということだった。
「柚子は実がなるまで何年かかるか、ご存じですか?」
 桃栗3年、柿8年というくらいだから、それくらいで実をつけるのかな、と思っていたが「自然の状態だったら、18年もかかるんですよ」と教えられ驚いた。そのため市場への安定供給が難しく、かつては庭に植えた柚子を自家消費するという形が一般的だった。しかし、木頭の人々が接ぎ木によって、3年から5年で実るように改良する技術を開発。そのことで僕らは柚子を気軽に楽しめるようになった。僕らが気軽に柚子を味わえるようになったのは木頭ゆずのお陰。日本の柚子のほとんどが木頭ゆずの苗(別名、本ユズ、木頭系ともいう)から育てられている。

 取材に伺った日はまだ収穫前だったが、村を歩いているといたるところで柚子の木を見かけた。少しでも隙間があれば植えているという感じだ。柚子の木にはトゲがあり、収穫するのも一苦労。しかし、このトゲを切ってしまうと柚子の風味が落ちるという。
 木頭ゆずの酸味と香りの強さが特徴である。そのおいしさの理由はこの山間の風土にある。このあたりは標高300~500メートルに位置し、寒暖差が大きな盆地だ。雨量も非常に多い地域で、それが柚子に適しているという。まさに柚子を栽培するために選ばれた土地なのだ。

 木頭村で地元の方がつくった柚子づくしの昼食をご馳走になった。柚子味噌をかけたタケノコとネギ、柚子塩をかけたサツマイモの天ぷら、柚子の皮が入ったそば米汁。そば米汁は徳島県の郷土料理だ。ちらし寿司に見えるご飯は「かきまぜ」。すべてこの村で採れた食べ物だという。
 どれもおいしかったが、この「かきまぜ」というご飯が絶品だった。聞けば炊きたてのご飯にすし酢ではなく、柚子果汁を混ぜ、具材を混ぜてちらし寿司のようにするという。柚子には甘みがあるので、すし酢のように砂糖を使う必要がない。これは瓶詰めの果汁を買って帰れば、真似できそうだ。こうした郷土料理ならではの調理法に出会うのが、旅の楽しみのひとつである。

 店に並んでいる木頭ゆずを使った商品の数にも驚いた。柚子果汁や柚子胡椒は言うまでもなく、スイーツやドリンク、缶詰などの加工品から香料……収穫した柚子を無駄なく使い切る工夫でが、単一の作物でこれだけバリエーションをつけられる食べ物もないのではないか。
 例えば『農地所有適格法人 株式会社 黄金の村』では収穫された柚子は24時間以内に搾るなど品質管理にも最新の注意が払われている。優れた生産物は人の手によって磨かれ、商品都市の魅力を増していくのだ。
 柑橘類の欧州への輸出には農薬など厳しい規制があるが、それらの基準をクリアし、柚子の輸出量は少しずつ増加している。柚子の香りは奥深く、他に類がない。日本の柚子が世界で味わえる時代はすぐそこまで来ている。今のうちに日本人として身近に味わえる特権を楽しんでおこうか。


樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』『長寿の献立帖 あの人はなにを食べてきたのか』などがある。

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