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人をつなぎ、味をつむぐ 三浦の食財案内人 坐古 摩美 PART-1

“キロメートル・ゼロ”というイタリア発、食のコンセプトがある。日本でいえば“地産地消”がそれに当たるが、地方の過疎化が進み、東京一極集中の日本では、その取り組みが難しいケースも多い。神奈川県三浦市在住の坐古摩美(ざこ・まみ)は、生産者と料理人の距離を限りなく“ゼロ”に近付けるために自ら奔走。地元農家にオーダーした野菜を、新鮮なうちに東京都内のレストランに提供し、“キロメートル・50”ともいえる東京近郊型、新たな食の事業を展開している。

◆「もう、やめよう」という言葉は出なかった

 坐古摩美は、自身がイタリアから取り寄せた種の栽培を、三浦市初声町の鈴木 功(すずき・いさお)に委託している。冬は大根、春はキャベツ、夏はスイカ、メロン栽培など、典型的な三浦野菜の生産農家である鈴木は、3年ほど前から畑の一部をオーダー野菜用に割り当てている。この日も、坐古は苗の状態をチェックするために、鈴木の畑に足を運んだ。ビニールハウス内には、丸ズッキーニ、イタリアナス、バジリコロッソ(赤バジリコ)、サンマルツァーノ(イタリアントマト)、クオレディブエ(フィレンツェトマト)など、ポットに入ったイタリア野菜の苗が並び、畑への植え替えのタイミングを待っている。ふたりは苗の成育状態を入念にチェックしながら、収穫の時期、量について話し合っている。

鈴木は20年以上農業に従事しているものの、イタリア野菜の栽培を始めたのは、ここ数年のことだ。
「外国の野菜を日本でやっても、同じようにはできないよ。土も違うし、日差しも湿度も違うからね。京野菜だって難しいんだから、イタリア野菜がうまくできるわけないだろう」と笑う。

実際、初年度は失敗続きだった。
「種の袋の説明書きを見ても、イタリア語だからさっぱりわからない。インターネットで調べても日本語じゃ載ってないしさ」と鈴木はいう。もちろん、坐古も鈴木に任せきりではなく、できる範囲でサポートして情報を提供している。

失敗続きでも、ふたりの口から「もう、やめよう」という言葉は出なかった。元来、前向きで引きずらない性格の坐古は、鈴木から失敗報告のLINEが届いても、すぐに切り替える。「じゃあ、別の野菜やってみようよ」と即刻、ほかの種を入手して、鈴木に託す。最近になってやっと、納得できる味で、なおかつ安定供給できる品種が固定してきた。

坐古曰く、「鈴木さん、いつもあんな調子だけど、実はすごく研究熱心なんですよ。こまめに苗の写真を撮ってはLINEで送ってくれるし、ここまでやってくれる農家さん、普通いませんよ。皆さん、生活がかかっていますから、本業の野菜だけで手一杯なんです」。

◆背負子に野菜を入れて、京浜急行で都内に

鈴木の畑で収穫した野菜を、坐古は一度自宅に持ち帰って土を洗い落とす。特にルッコラの土を落とすのは手間と時間がかかるので、80歳を過ぎた母の手伝いなしではこなせないという。野菜を新聞紙で包み、背負子(しょいこ)に入れて、京浜急行で都内に向かう。

背負子で? 重たくないのだろうか。「カートに入れて引っ張って歩いてもいいんだけど、あれって結構人にぶつかって邪魔なんですよ」。坐古はサラッといってのける。

電車を利用するのは、速くて経費が少なく済むからだと。確かに車で三浦市から都内に向かうと、渋滞にはまって時間はかかるし、高速代も馬鹿にならない。もともと“キロメートル・ゼロ”のコンセプトには、「運搬時の排ガスを少なくしよう」という環境保護的な意味合いもある。坐古は特にエコを意識しているわけではないが、利便性から電車移動を選択している。

考え方もフットワークも柔軟で軽やか。だからこそ、50キロメートル超えの距離を感じさせず、農家と料理人、両者の要求を把握してつなぐ要(かなめ)としての役割を果たせているのだ。

都内に入ってからは得意先のレストランを数軒まわり、受注済みの野菜を届ける。その際、「来週あたり、カルチョーフィ(アーティチョーク)が収穫できそうですよ」などと畑の様子を伝えて、次の注文を取る。時には店側からのリクエストもある。鈴木のビニールハウス内で育っていたバジリコロッソ(赤バジリコ)は、皿に映えるということでシェフからオーダーがあり、新たに栽培し始めたものだ。

 

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