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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第7回「阿波ノ北方米がおいしい理由」

 今年(2018年)、日本の農業を長く束縛してきた減反政策(米の生産調整)が廃止になった。とはいえ減反政策を廃止したからといって、米が増産されるわけではない。具体的には国は各都道府県に割り振っていた生産数量目標を止め、それにあわせて出していた補助金をなくし、水田の有効活用対策として非主食用向けの米(飼料や米粉用など)の栽培の補助金を拡充した。つまり、主食用の米から飼料用の米へと転換を図るのがこの政策の狙いだ。
「米を減らして食べ物は大丈夫なのか?」
 という声が聞こえてきそうだが、その心配はいまのところない。主食用の米は余り続けているからだ。日本人の一人当たりの米の消費量は数年前から年間60kgを割り込み、国内の需要に関しては今後増える可能性はほぼゼロに等しい。輸出にはまだ希望があるかもしれないが、米をめぐる状況は依然として厳しい。
 どうすれば米の消費は増えるのだろうか。そのヒントが先日、訪れた徳島県にあった。
 阿波踊りで有名な徳島県は一次産業の盛んな地域だ。一大、消費地である大阪に出荷されることが多いので首都圏の消費者にはあまり馴染みがないが、阿波尾鶏という生産量日本一の地鶏をはじめ、菌床椎茸やすだちなど名産品が多い。
 訪れたのは阿波の北方地方にある北方農園。この地方では『阿波ノ北方米』というブランド米を打ち出している。このあたりは元々、山地で粘土質の土壌のため、米の栽培が盛んな地域だ。酒米なども多く栽培されており、あの人気の銘酒『獺祭』に使う山田錦の産地のひとつでもある。

「昔は献上米の産地だったんです」
 お話を伺ったのは農園の主、三木真一さん。施肥農業技術指導者でもある三木さんが中心となって、地域ぐるみで米の生産にとり組んでいる。阿波ノ北方米は特別栽培で、肥料は有機質のものを用いている。品種はコシヒカリなのだが、食べてみるとあっさりとした味だ。ちなみに特別栽培とは化学合成農薬および化学肥料の窒素成分を慣行レベルの5割以上削減して生産した農産物を指す。窒素はタンパク質の基になる栄養素。米はタンパク質が多いと食味が落ちるので、窒素分は少なければ少ないほどいい。
「おいしいお米というよりも、おかずをおいしくするお米って説明しています」
 徳島県は温暖で日照時間が長いため、米粒が大きくならない。食味値で考えれば新潟や宮城、山形をはじめもっと評価の高い米をつくる産地はある。でも、逆に小さい米粒の味は新鮮だった。聞けば東京にある徳島県の情報発信拠点施設「ターンテーブル」(レストラン兼ホテル)でも朝食用の米として提供しているという。なるほど、朝ご飯などはこうしたさらりとしたお米が美味しいかもしれない。

 これまでおいしいお米といえば粘り気の強く、米粒の大きなものだった。しかし、その結果として作付けがコシヒカリに編重し、個性が失われたという側面もある。最近は減反政策の廃止の影響もあり、今は各自治体でお米の新しい品種開発が熱いが、どれも粘り気が強く、粒の大きな、いわゆる「おいしい」お米ばかりだ。こうしたお米は単体で食べてもおいしいが、量はそれほど食べられない。言ってみれば『おいしすぎる』のかもしれない。
 「おいしさ」の感覚は多様であるべきだと思う。気分や場面、あわせる料理に応じて、食べるお米の種類を──そう、まるでパスタとソースをあわせるように──変えられるといいのかもしれない。
「特別栽培の田んぼはまだ全体の一割ほど。これから徐々に増やしていきたいが、高齢化という不安もある」
 不安を抱えている日本の農業。日本人の食の根幹を支えているのは消費量が減っているとはいえやはり米だ。ここ数年、天候不順の影響もあって農作物の生産は安定しないが、米が不足するような事態は起きていない。そう考えると米というのは偉い作物だと思う。

 三木さんの奥様は様々な商品を開発している。米糠を使ったふりかけもその1つだ。
「市販のふりかけって塩分が多いでしょう。うちの孫はふりかけが好きなんだけど、娘が栄養士ということもあって自由に食べさせてもらえなくて。それだったら塩分の少なくて、身体にもいいふりかけを、ってことでつくったの」
 米糠を使ったふりかけにはいわゆる糠臭さはなく〈糠ってこんなにおいしかったんだ〉という驚きがあった。おいしさには色々な要素がある。でも、きっと一番のおいしさをつくるのは誰かにおいしいものを食べさせたいというやさしい想いなのだ。

参考 阿波市観光協会 ㈱三木肥料 / 阿波ノ北方農園
 https://www.awa-kankou.jp/odekake/mikihiryou/

樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』『長寿の献立帖 あの人はなにを食べてきたのか』などがある。

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