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~「ラボレストラン デリシャスタイム」料理長
菊地宏佳インタビュー~

“黒子なシェフ”がつくりだす
ハッピーなイタリアンを召し上がれ。

昨年12月「CafeBarリリオ」(1F)と共にオープンした、「ラボレスラン デリシャスタイム」(2F)は、私たちが展開しているフードメディア、『デリシャスタイム』と連動するイタリア料理店。ここで、日々、極上のイタリアンをゲストに提供しているのが、菊地宏佳料理長です。「料理人は黒子です」と話すシャイなシェフですが、食に向かう姿はひたむきそのもの。『デリシャスタイム』での“おいしい体験”のステージを支える陰の立役者、菊地料理長のことを皆さんにも知ってほしい。そんな思いで、お話を聞きに行ってきました。

<プロフィール>
菊地宏佳(きくち ひろよし)
「ラボレスラン デリシャスタイム」料理長
静岡県生まれ。町田調理師専門学校卒業後、新横浜プリンスホテルにて6年半イタリア料理を修行。その後、海外(イタリア・フィレンツェ)や都内のフランス料理店、ウェディング、カフェ、バル、の副料理長、料理長を歴任、現在に至る。趣味はスキューバダイビング。旬の食情報をキャッチするため、休日の他店チェックは欠かさない。

ゲストから届いたうれしい言葉
「このボロネーゼ、食べていて疲れないね」

 

「オープン当初よりは僕自身に余裕ができてきて、いまようやく、お客さまとのコミュニケーションが始まってきています」と話す菊地料理長。店の自慢の一品「ボロネーゼ」を注文したゲストから、「このボロネーゼ、食べていて疲れないね」という声を掛けられたこともあるそうです。この声に菊地料理長は「あぁ、わかってくれたなぁ、と思って…。うれしいですね」と、少し照れた様子で話します。
この言葉には、「おいしいものを出したいから、時間と手間をかけるべきところはかける」という菊地料理長の実直さが見え隠れしています。例えばボロネーゼは、毎回4時間もの時間をかけて仕込みがなされているのです。

「僕は化学調味料を使いたくない。少ない食材で素材の味を引き出すことをベストと考えると、どうしてもボロネーゼは時間がかかってしまうんです。味付けも、基本的に岩塩だけ。シンプルな食材と、調味料を長時間煮込むことで、初めて味に一体感が出るんです」

サラダの調理に関しても、「手間をかける」というポリシーを垣間見ることができます。

「注文を受けた時点で初めて切る、ボイルすることを徹底しています。もちろん、すぐに料理を提供することが理想かもしれませんが、僕が料理人としてやりたいことは、食材を“一番おいしい状態”にして、お客さまに提供することですから」

ゲストからの「食べていて疲れない」という声は、菊地料理長の食に対する実直な姿勢が伝わり始めている、という証しなのかもしれません。

ひと皿の「カルボナーラ」から、
イタリアンシェフとしての人生が始まった

 

静岡県の漁師町で生まれ育った菊地料理長。食材の宝庫である土地で、幼い頃から家の台所に立っていたといいます。

「僕の祖父が漁師だったので、子どもの頃からおいしい魚を食べて育ちました。小学生の頃、母親が体を少し壊してしまったこともあって、長男だった僕は、家族に料理をつくるようになったんです」

幼少期に置かれた環境から、料理をすることは必然となり、「気が付いたら料理人になっていた」と話す菊地料理長ですが、イタリアンシェフを目指すきっかけになったという、素敵なエピソードがあります。

「高校生の頃、静岡の街にある小さなレストランに行って、初めてカルボナーラを注文しました。田舎で育ちましたから、当時は外食すること自体がめずらしい、という状況で。それで、カルボナーラをひと口食べた時に“こんな料理があるんだ!?”と。そのおいしさの衝撃が忘れられなくて、カルボナーラについて自分で調べているうちに、“イタリア料理なんだ”ということが分かって。それで、“イタリア料理のシェフになろう”という気持ちが固まったんです」

それからは、修行一直線。高校卒業後、都内の調理師専門学校へ入学し、研修先となった新横浜にある有名ホテル内のイタリア料理店で、菊地料理長はイタリアンシェフになることへの思いを深めていきます。

「その店では、料理人同士がすべてイタリア語でやりとりをするんですね。もちろん、当時の僕はみんなが何を話しているのかさっぱり分からなかった(笑)。でも、“イタリア語が分からないと、仕込みすらできない”ということを、身をもって知ることができました。厨房は、ものすごいエネルギーに満ち溢れた場所で、楽しくて仕方がなかった。ここで、ひたすらに学びましたね」

以降、菊地シェフの真面目な姿勢が評価され、そのまま研修先への就職が決まります。ホテルの料理人の場合、フレンチ、和食など、施設内のさまざまなレストランを経験することが一般的ですが、当時の菊地料理長は「イタリア料理一本で」という思いが強く、上司であったシェフの計らいで、イタリア料理をメインに学ぶことができたとか。

「この店でシェフから“行ってこい!”と言われ、実際にフィレンツェの店で修行したり、年に一度店にやって来るイタリア人シェフから、本場の料理を学んだり。ナポリやヴェネトなど、イタリアの各地からシェフを呼ぶ店だったので、日本にいながらにして幅広くイタリア料理が学べるという、とても恵まれた環境にいさせてもらったと思います」

「僕にとって料理人とは、“黒子”です」

 

菊地料理長は、「料理人として影響を受けた人は?」という問いに、「たくさんいますけど…」と前置きしながら、調理師専門学校時代の講師でもあった、ある日本人のフレンチシェフを挙げます。

「その方は、アーティストタイプのシェフで、例えばストウブ鍋のことをピアノと表現したりするのですけど(笑)。でもそのシェフが言っていたことは、いまでもずっと頭に残っています。食材で捨てるところはない、といった本当に基本的なことなのですが、真摯に食材と向き合うという姿勢を教えてもらったのは、この方からです」

料理人はアーティストと表現するシェフからも、多くのことを学んだという菊地料理長。しかし、自身については「主張しないタイプの料理人」だといいます。

「僕にとって料理人とは、“黒子である”ということですね。長年、この世界で生きてきて思うのは、主役はお客さまだということです。真摯に食に向き合うことが料理という結果になり、その評価はお客さまがする。そして、お客さまが店を出た時に、悪い印象はもちろん残っていないけれど、すごく良かったよね!という分かりやすい言葉も特にはない。だけど、あの店にまた行きたいよね、何か違ったよね、と思ってもらえたら、日本でいう最高の“おもてなし”ができた、ということなんだと思います」

目立った主張はしないけれど、ちゃんとおいしい。だから、また訪れたくなる。そんな明るい方向へと店を導いてくれる菊地料理長と、私たち『デリシャスタイム』は出会い、いま、さまざまな挑戦を始めています。「食べものがたり」というプロジェクトもそのひとつ。WEBサイトで、日本各地の選りすぐりの食材にまつわる生産者のストーリーを紹介し、その食材を使った料理を菊地料理長が考案し、ゲストへ提供しています。

「食べものがたり企画は、自分の色を出す場ではなく、食材や商品をよりいい状態に持って行くための“アタック(挑戦)”をする場だと思っています。企画者の方たちから食材の話を聞いた上で試食・試飲をするのですが、どの食材や商品も丁寧につくっているのだな、ということがよく分かりますから。例えば、牡蠣の時は、そのまま食べてもおいしかったのですが、蒸すことでもっと素材のポテンシャルが上がると思い、料理を考えました」

「料理もワインも食卓の一部。テーブルが楽しい空間になれば、それでいい」

 

 

2018年4月号の「食べものがたり」では、国産ワインの自家栽培・生産から販売までを手掛ける「前田龍珠園」のワインをフィーチャーし、菊地料理長のテーマ商品にもなりました。生産者のヒストリーを聞きワインを試飲した菊地料理長は、その豊かな風味をキャッチしながら、こんな印象を持ったといいます。

「前田龍珠園のワインを飲んで思ったのは、飲んでいて楽しくなるワインだなということです。例えば赤ワインは、酸味が少なくてフルーティーなのに、最後にタンニンをしっかりと感じることができる。風味に流れがあって楽しいんです。僕は、料理もワインも食卓の一部だと思っています。“この料理おいしいね。このワインと合うね”と、テーブルを囲む人たちの話のタネになることが理想。イタリア料理は多種多様に展開できるので、このワインにはこのメニューといった堅苦しいことは抜きにして、その空間が楽しくなればいいと思っています」

「前田龍珠園」のワインに感じた“飲んで楽しくなれるワイン”という個性、そして、菊地料理長の考える「料理とワインの理想の関係」には、“ハッピー”という共通点があったようです。

――最後に、『デリシャスタイム』という食の舞台を支える料理人としての夢を、菊地料理長に聞いてみました。

「夢ですか? ラボレストランを“予約でいっぱいの店”にすることです」

菊地料理長がつくりだす、誠実でハッピーなイタリアン。ぜひ皆さんも体験しにきてください!

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