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その一滴を、愛おしんで 時空を越えたマリアージュ 原田 旬 PART-2

◆妥協しないブドウづくりを
やるからには妥協はしない。妻とも何度も話し合った。自分たちが納得できる方法でブドウを育て、自分たちの個性が出るワインづくりをしたいと考えた。

「前田龍珠園」の木は、樹齢60年を超えるものがほとんどだ。品種は日本固有の「甲州」。通常は実の付きを良くするために20年ごとに植え替えるが、深く根を張る古木だからこその味があるはず。手はかかるが、できる限り守っていきたいと考えている。

土づくりは、亡き父のやり方に習った。ブドウの搾りかすや、剪定したツルをチップにしたものを一年間寝かし、それを土に戻して肥料の代わりにした。除草剤は使わず、草むしりのためだけに川崎の自宅と勝沼の畑を何度も往復した。消毒液もオーガニックワイン用に許可されているものを通常の半分程度の使用にとどめ、その代わり、腐ったツルや木の皮をこまめに手で取り除いた。

◆最高級のモノポールワイン
通常、ワイナリーは、数か所の農園で収穫したブドウを集めて、ワインを醸造する。だが、最高級と称されるワインは、一か所の限定した農園のブドウのみを使用してつくられている。それを“モノポール(単一農園)ワイン”と呼ぶ。たとえばフランスで有名な「ロマネ・コンティ」がそれにあたる。年間生産数が少ない希少性が、その価値をさらに上げている。

原田も、妻の文も、“モノポール”にこだわった。父が、祖父が、あるいは日本ワインのパイオニアである土屋龍憲が携わったこの畑。そこで育ったブドウだけを使用したワインを、どうしてもつくりたかった。かつて「前田龍珠園」では、ブドウづくりだけではなく、ワイン醸造まで行っていた。実際、前田家の母屋の裏には、ブドウ用の冷蔵庫と水路、醸造用のタンクなどが昔のまま残っている。当時の味を復活させて、“前田龍珠園ブランド”のワインをつくれば、祖先たちと対話できるような気がした。

奇遇にも、原田夫妻の願いを聞き入れて、モノポールワインをつくってくれる醸造所がみつかった。醸造所の高野会長は、後継者不足から耕作放棄地が増えている現状に心を痛めていたので、畑を存続する意思がある原田夫妻への協力を惜しまなかった。

収穫の日はお祭り騒ぎだ。原田夫妻の大学時代の友人、会社員時代の同僚、近所のテニス仲間、ワイン好きで繋がった知り合いなどが、勝沼に集合した。「おしゃべりばかりしてないで、手を動かせよ!」、原田は日が落ちる時間を心配しながら、大声で注意する。カゴに入った山盛りのブドウをピストン輸送でワイナリーに運ぶ。汗を流して、よく働いた。その後は賑やかにバーベキューだ。土をいじり、丹念に農作物を育て、収穫し、祝う。これこそ、人類が何世紀にもわたって繰り返してきた労働の喜びだ。

2015年は275本限定でワインをつくった。川崎の自宅の一部を店舗として登録し、酒販免許も取得した。銘柄は『アヤ・モノポール2015』。妻の名前が入っている。洒落た紳士のイラストのラベルが印象的だが、それは、原田の長男、悠太朗が描いたもの。このワインには、原田の家族全員の思いが込められている。唯一無二のワインが出来上がった。

◆煌めく一滴を
小田急線・読売ランド前駅近く、小高い丘の上にある店舗のテラスで、原田は『アヤ・モノポール2017』をグラスに注いだ。透明感のある優しい黄金色。今年もイメージしたとおりの出来栄えだ。抜けの良い味感。さらっと控えめでありながら、厳かな味。主張し過ぎないゆえ、どんな料理にも合い、その味を引き立てる。

原田は営業マン時代、“お客様と長く共に繁栄できる商品”を提供したいと考えていた。振り返れば、半導体もワインと一緒。自分がこのワインで楽しんでいるように、ほかの人にも楽しい時間を提供したい、と。

「たとえば子どもの20歳の誕生日とかプチ記念日に、うちのワインを選んでいただけたら、それが一番うれしいです。600本まとめ買いしてもらうよりも、楽しみに毎年一本でも買いにきてくれる方がいたら、それが最高の喜びです」

原田がこれまで辿ってきた道、大切にしてきたこと、人との関わり、すべてがこのワインの一滴に凝縮されていた。その時、西陽が差し、グラスが黄金色に煌めいた。原田の人生に乾杯!

取材・文 沖山ナオミ
写真 中村年孝

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