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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第6回「潮カツオのおいしい理由」

『おいしいものには理由がある』という本を書いていた時、ずっと「おいしさとはなにか?」について考えていた気がする。もちろん、この問いには答えがない。料理人が手間と時間をかけてつくった料理もおいしいし、お腹が減っているときに食べる一個のおにぎりがなによりもおいしく感じるのもたしかだ。
世の中にはいろいろなおいしさがあり、それぞれの味がある。けれども、おいしさとは味だけではないのではないか。西伊豆の田子を訪れた時、そんなことを考えさせられた。田子地区には1500年前から変わらない製法でつくられている『潮カツオ』という食べ物がある。それを食べた時、僕が感じたのはいわゆる普通のおいしさではなかった。舌で味わうのではなく、身体で感じるのでもなく、遠い場所に心が運ばれるような感覚というのだろうか。

「潮カツオは生のカツオを塩漬けにした塩蔵品です。歴史は古く1500年くらい前の飛鳥時代といわれています。その後、荒堅魚(あらかつお)は奈良時代には税金として納められるようになりました。これが潮カツオに近いものだ、と考えています。かつては獲れすぎた魚を保存するための塩蔵品は日本各地にありましたが、今ではこの田子地区だけに残ったということです」

創業1882年のカネサ鰹節商店の5代目店主、芹沢安久さんからお話を伺った。潮カツオは鰹の内臓を抜き、塩漬けし、寒風で乾燥させたものだ。そんな昔の食べ物がなぜこの地区だけに残ったのか。
「神事と結びついていたからです。田子地区では潮カツオはお正月に『正月魚(しょうがつよ)』という名前で、かつては各家庭でつくられて、神棚に供えるものでした」
神様にお供えしたものをみんなで分け、食べることを直会(なおらい)と言う。潮カツオはそうした神事の象徴だった。日本人にとって身近な海でとれる海産物は貴重な食べ物だった。そんな時代であれば神様だってもっと信じられたに違いない。
潮カツオはそうした時代に戻ることができるタイムマシンだ。塩分濃度が20%くらいあるので、そのまま食べると強烈にしょっぱい。しかし、薄く切ったものを焼いてお茶漬けにしたり、うどんなどに使うと塩味の底に旨味が広がる。そのおいしさはただの味ではなく、もっと別のなにかだ。

今では〈しおかつおうどん〉は西伊豆のご当地グルメになっている。こうして味わってみるとカツオという魚が生来持っている深い味に気づかされる。この旨味に気づいた日本人はやがて潮カツオを洗練させ、鰹節という偉大な食品をつくるに至る。
カネサ鰹節商店で製造されている主力商品は鰹節の最高峰、本枯節だ。それも手火山式焙乾法という当時の製法を守り続けている。手火山式焙乾法は下に薪をくべ、直火の高温で一気に表面を固めてしまう手法で、焦げるリスクが高く、職人がかかりきりで作業しなければいけない。しかも、その作業は10回から15回に及ぶ。その後のカビ付けもじつに丁寧だ。
「効率よりもおいしさを求めるという形になります。田子は海があって、すぐに山なので鰹節製造にはすごく立地条件が良かった。薪もこの地区でとれたものを使うというルールになっています。ナラ、クヌギ、コナラ、サクラをうまくブレンドして、焙乾していくという形です。地元の木を使うルールは山を守りなさい、という知恵だったのだと思います」
今ではおいしい鰹節でとった出汁を味わう機会も減った。でも、たまには足下をたしかめるつもりで本当においしい出汁を味わうのもいい。
おいしいものは世の中に溢れている。しかし、それは一朝一夕にできるものではなく、先人が積み上げてきたものに他ならない。おいしさは主観的な感覚だが、自分だけのものではない。歴史が感じさせるおいしさもあるのだ。


樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』『長寿の献立帖 あの人はなにを食べてきたのか』などがある。

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