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俺にはやるべきことがある 相澤 太 PART-2

◆築き上げたものがすべて破壊された

相澤は厳寒の日も漁に出て、海の厳しさは十分に知っているつもりだった。だが、時として自然は、人の予想を遥かに超える事態を引き起こす。2011年3月11日、東日本大震災が発生、大津波が矢本の浜を襲った。

その日、海苔工場は休みで、相澤は市内へ買い出しに出ていた。突然、激しい揺れを感じた。大地震だ。相澤は家族に電話して、避難するように指示した。その後、浜にある漁協で仕事をしていた父を迎えにいった。

いつも見慣れていた海。それが、突然、異様な動きを始めた。みるみるうちに潮が引き、海底が見えた。「やばいぞ、これは――」。次の瞬間、遠くに黒い壁が見えた。その壁が高さを増しながら迫ってくる。津波だ。相澤は無意識のうちに漁協の隣にあった鉄筋コンクリートの建物に向かった。どんどん上に逃げたが、水は追いかけてくる。次は三角の屋根に登るしかない。雪ですべるスレート屋根につま先を立てて登る。それでもまだ水は押し寄せてくる。これはもうダメだ。相澤は覚悟した。だが、次の瞬間、水かさが増えていくのが止まった。助かった―。

少し時間が経ち、水が引いてから、鉄筋屋根の平たい部分まで降りた。するとそこに、電線を伝って人がやってきた。相澤はその人物を引き上げた。落ち着いて周囲を眺めると、隣の建物の屋上に父がいた。「良かった。親父が生きていた」。寄せては引いていく波。その合間を縫って近くにいた数名で集まり、流れてきたベニア板で覆いをつくり、ライターで火を起こして暖を取った。じっと夜明けを待った。朝までに17回、波がきた。

相澤の母親と娘は親戚の家に避難していたが、津波はそこまで届いていた。母は娘を台所の上部に備え付けられた食器棚に押し込んだ。そして自分は椅子の上に立って食器棚の扉を押さえた。ギリギリのところで助かった。妻と姉は鍵をかけ忘れた家に戻るため、車に乗っていた。その時、押し寄せる波に気付き、車を捨てて電柱に登り、助かった。

相澤の家族は幸いにも、ギリギリのところで全員無事だった。だからといって、手放しで喜ぶことはできない。5人にひとりが亡くなっているこの地域で、多くの知り合いが家族を失っていた。

◆「俺、海の仕事しかできない」

海苔工場は流れた。目の前で船も流れていった。沖の養殖施設も絶望的だ。海ではもう仕事ができない。すべては終わった。相澤はなんともいえない虚無感に襲われた。

頭のなかを、さまざまな思いがめぐる。寄せては返す波のように、終わりのない思いがいったりきたりした。その波がある瞬間止まり、ひとつの強い思いが浮かび上がってきた。

「やっぱり自分には海しかないわ。俺、海の仕事しかできない」。

「海苔漁師としての一生一品、“最高傑作”がまだできていない。“おいしい海苔”が正しく評価されるための市場改革もやらないといけない。俺にはまだやるべきことがある」。

相澤は、莫大な設備費がかかる海苔漁の再開を目指すには、まずはワカメ養殖で資金を貯めようと考えた。

仙台に電気が通り始めてすぐ、相澤は一台だけ助かった軽トラックに乗ってインターネットカフェに行き、ワカメの養殖方法、必要な道具などをメモして帰った。かつて、熊本で修行時代に知り合った岡山の漁師が、「うちのあたりは漁師やめたやつも多いから、道具ならいっぱいあまってるぞ」と声をかけてくれた。相澤はすぐに行動に移した。数名でトラックに乗り、岡山までワカメ漁に必要な道具を受け取りにいった。
瓦礫が山積みという混沌とした状況のなか、同じ浜の仲間たち、18、9人ほどで協業という形でワカメ漁を始めた。

ゼロというより、マイナスからの再出発。厳しい道のりだったが、2012年10月、国の補助事業により、3事業所共有の海苔工場が完成した。海苔漁師復活だ。海の仕事を諦めずに、ワカメづくりから一歩ずつ前に進んできたからこそ、この日が訪れたのだ。

◆海を見て、山を見て、地球を見て、海苔をつくる

相澤はいつも、海苔の気持ちになって考える。海苔の育苗期間は、心配で眠れないこともあり、それならいっそ、一日中見守っていようと、船上で夜を過ごしたこともある。「海苔にも表情があり、じっと見ていると語りかけてくるから、それに応えてあげる。そうするとおいしい海苔ができる」

もちろん、海苔の味は人の技術だけに依るのではない。大曲浜の豊富な栄養は、奥羽山脈の森林の養分をたっぷり含んだ川が運ぶ。つまり、おいしい海苔をつくるためには山や田畑も大事なのだ。山の手入れを怠ると、海もだめになる。「このままでは、海苔も海も日本もやばいですよ」と、相澤は危機感を持っている。

さらに視野を広げると、三陸沖は、南からの黒潮と北からの親潮がぶつかる豊かな漁場として名高い。親潮の流れの大もとを辿っていくと、ロシアのアムール川にまでいき着く。遙かなる大地の恩恵を、海苔も受けている。地球に国境線はない。

「日本人がモデルとなって、あるべき姿を示さないといけない。海苔のことを考えていると、世界平和にまでいき着いてしまうんですよ」相澤はそう笑った。

取材・文 沖山ナオミ
写真 中村年孝

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