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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第4回『自然栽培の野菜』

今年は野菜が高騰した年だった。スーパーではこのような状況になると有機野菜がよく売れるそうだ。有機野菜は市場を通さない契約栽培なので、慣行栽培の野菜よりも相対的に安くなるからだ。とはいえ、日本全体の農産物に占める有機の比率はわずか0.2%。大勢を占めているとはとても言いがたい。
オーガニック野菜や無農薬野菜にはなんとなく「いいイメージ」がある。しかし、詳しくは知らない人が多い。
オーガニック=有機野菜は有機栽培で生産されたもの。有機栽培は農水省の有機JAS規格によって規定されている。基本的に農薬や化学肥料を使わず、有機肥料を主として栽培する農法で、登録認定機関が検査、認証するもの。基本的に、というのは限定的に使用が許可されている農薬や化学肥料もあるからだ。
次に無農薬野菜だが、じつはこの言葉は農水省のガイドラインでは商品につけることが禁止されている。つまり、無農薬で野菜をつくることは勝手だが、それを表示してスーパーで売ってはいけない、ということだ。他に減農薬、無化学肥料、減化学肥料などの表示も同様に禁止されている。その代わりに表示できるものとして、農薬と化学肥料をその地域の一般的な使用量の半分以下にして栽培した特別栽培農産物(いわゆる『トクサイ』)があるが、消費者に意味が広まっているのかは疑問だ。
ここまで説明してわかることは「きわめてわかりづらい」ということだ。最近は『自然栽培』がちょっとしたブームだ。自然栽培にははっきりとした定義があるわけではないが、主に農薬や化学肥料だけではなく、有機肥料も使わない栽培方法を指す。ただ、手法はさまざまで人によって違いが大きい。こうしたさまざまな農法があることで、混乱に拍車がかかっている状況だ。
一度、落ち着いて状況を整理する必要がある。有機野菜にはなんとなく「いいイメージ」があるが、根拠はあまりない。慣行栽培と比べると環境への負荷も低いわけではないし、味についても差はないという研究結果が多く報告されている。道の駅で買ったなんでもない野菜がとてもおいしかった経験はないだろうか? 野菜の味は鮮度で決まる部分が大きく、収穫されてから日が経った野菜は有機栽培、慣行栽培に関わらず味が落ちるのだ。

茨城県鹿嶋市にある農園『鹿島パラダイス』は様々な農作物を育てて、クラフトビールも製造している。すべて自然栽培で育てられたものだ。代表の唐澤秀さんは「おいしさを求めて、自然栽培に行き着いた」と言う。たしかに鹿島パラダイスの野菜やビールはおいしい。
「僕はおいしさとは官能的で、本能に訴えかけるものだと思っています。人間という動物が感じる最上級の快感だと思う」(唐澤さん)
味蕾(みらい)だけではなく全身の細胞で感じるようなおいしさを唐澤さんは目指している。自然栽培のおいしさに根拠はあるのだろうか。考えられるのは硝酸態窒素(しょうさんたいちっそ)の影響だろう。肥料分に由来する硝酸態窒素が多すぎると野菜にえぐみが出て、まずくなるのだ。ただ、肥料分を抑えると今度は野菜の生育が悪くなり、味が落ちることがあるので、自然栽培=おいしいというわけではない。
新しい印象のある自然栽培だが、僕が思い出したのは新潟の米作りだった。新潟の米は昔からおいしいと評判だが、その理由は土壌や風土、水が米という作物と合致しているため、他の産地と比べると肥料や農薬を抑えることができたから、と言われている。自然栽培=おいしい、というわけではないが、肥料分を抑えることがおいしさの理由の一つであることは間違いない。つまり、おいしい野菜をつくるための農業の技術は昔からそれほど変わっていないのだ。
自然栽培の弱点は収量が減ること。そのためなかなかビジネスにならない、とされてきた。しかし鹿島パラダイスではビールを醸造し、飲食店を経営するなどしてその部分に果敢に挑戦している。
「おいしさは非効率に勝る」(唐澤さん)

鹿島パラダイスで栽培されている米も当然、自然栽培。それも天日干しコシヒカリは通常の米よりもずっと手間がかかる。しかし、その手間は確実に味になって返ってくるのだ。
おいしい野菜をどのように選べばいいのだろうか? 有機栽培や慣行栽培、自然栽培など色々な情報があって混乱するが栽培方法は選ぶ基準にならない。車を選ぶのに「トヨタ車は生産工程が素晴らしいから」という理由で選ばないのと同じだ。選ぶ基準はやはり信頼ということになる。信用できる農家が手がけた野菜はやはりおいしいし、おいしい野菜を生産する農家は信頼するべきだ。
「イベリコハムであったり、プロシュートであったり、モッツァレラチーズであったりする海外の産地を訪ねてみると、おいしい食べものを求めて世界中から人が集まっていました。その味を求めて世界から人が集まる、そんなところを目指しているんです」(唐澤さん)
おいしいものには理由がある。しかし、それ以上に情熱ある人がいなければ食べものはそもそも生まれない。

 

<参考>
Paradise Beer Factory
〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中1丁目5-1

http://www.paradise-beer.com

<新刊情報>
樋口直哉さんの新刊が発売されました!

『長寿の献立帖
あの人はなにを食べてきたのか』
樋口直哉著 KADOKAWA
価格840円(税別)
2017年12月10日発売

歴史に名を残す長寿の人々の食事からその秘訣を探る

一昔前、二昔前なら老人の生き方には一定のスタイルがあり、誰もが自分の父母や祖父母の時間の過ごし方をロールモデルとして、余生を過ごすだけで事足りた。しかし、人類が歴史上経験したことのない「総長生き時代」を迎え、さらに高齢者を支える社会的な基盤が大きく変化したことで、私たちは新しい老いの生き方を発見していかざるをえなくなった。長寿者の食生活は、老いをどのように生きるべきか、という問題に答えるためのヒントを提示してくれる。

◆樋口直哉さんからのSpecialメッセージ

コツコツと書いていたコラムが新書としてまとまりました。40人あまりの長寿者の食生活を考察し、長寿の秘訣を探りました。お正月休みにちょうどいいサイズの本に仕上がったか、と思います。
ぜひ、お手にとってご覧ください。

樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』などがある。

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