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こきりこ節の里で静かに、強く生きる 【杉本 清 Part-2】

◆「やらんか?」いわれて、この養豚場を始めた

現在68歳になる杉本は、城端にある農家に生まれた。当時このあたりは、小さな畑を持ち、家畜を飼っている家が多かったそうだ。杉本の実家も同様で、畑でさまざまな野菜を育てながら、鶏、ヤギ、豚を飼っていた。

「うちには鶏がたくさんいましたよ。豚もいたね。子豚をもらってきて育て、大きくなったら肉屋に売るんですよ。畑に野菜植えとったから、堆肥も欲しかったし。ヤギもいて乳をしぼっとりましたよ。昔はスーパーなどなかったから、基本は自給自足。そうやってどこの家も暮らしとったですよ」

杉本は子どもの頃から動物の世話が好きだったこともあり、畜産高校卒業後は養豚の道に進んだ。

「最初は別の養豚場に通っとったけれど、たまたまここがあいたから『やらんか?』といわれて、そのタイミングで始めました。二頭から始めて、今は母豚だけで70頭。週に二回15頭から17頭の豚を出荷する。うちはふたりでやっとるから少ないですよ」

◆「毎日やめたいと思っとりますよ」

妻の文代は「休みもなく毎日ですよ。旅行にも行けんし、少しはゆっくりしたい」という。夫と二人三脚で苦労を共にしてきたとはいえ、「こんな生活がいつまで続くのか」と、ふと不安を覚えることもあるようだ。文代の唯一の楽しみは、春は曳山祭り、秋はむぎや祭りで踊ること。

 

3人の子どもたちはそれぞれ別の道に進んでいる。「自分が始めた仕事やから、自分の代で終わらせる。跡を継がせるつもりはない」。杉本はそうきっぱりと言った。いつまでこの仕事を続けるつもりなのかと聞いてみた。すると彼は、「毎日やめたいと思っとりますよ。でもこいつらが餌を欲しがるから、会社辞めるみたいに『明日から行かない』ってわけにはいかんでしょ」といって笑った。

杉本が豚の鼻をなでている。「豚もこうやってかまってもらいたいんですよ」と彼はいう。豚は満足気に幸せそうな表情を見せた。確かに豚たちは杉本のことをわかっている。杉本か、妻の文代が近くにいるだけで、豚も心落ち着くのだ。畜舎の隣にある事務所で杉本が尺八の練習をする。豚はその音を聞いて、また心穏やかになる。

古びた設備であっても、ここの豚たちには杉本による「心のサプリ」が与えられている。畜産に必要なのは、最新の技術と設備だけではない。

◆命の恵みを尊ぶものにこそ与えられる強さ

雨があがった。雲が動き、白く染まった山並みの稜線が青空に映えている。「山に3回雪が降ると、ここらあたりにも雪が降りてくるんですよ」、杉本は遠くを眺めながらそういった。

厳しい季節が始まる。どんなに寒い朝も、杉本は5時には起きて豚小屋の様子を見にいかねばならない。餌を与えながら、一頭ずつ丁寧に豚の体調をチェックする。風邪を引いてないか、お腹をこわしてないか、元気はあるか…。なにしろ、病気が一番怖い。かつて畜舎内で病気が伝染し、一度に何頭もの豚が死んでしまったことがあるそうだ。その時の辛さを二度と味わいたくないから、健康チェックは欠かさない。

 

雪が降り始めたら、養豚場入り口の除雪作業も日課に加わる。寒い日はカーテンを下げて温度調整する。力仕事が多い。生きもの相手の仕事は待ったなしだ。

杉本はオレンジ色のつなぎを着て、午後の豚の餌やりを始めた。
「なぜオレンジ色?」と聞いてみた。当然、柿を意識してのはずだが、杉本は「いや、ジャイアンツの色だから」といって笑う。

杉本はわざと外すのだ。安直なストーリーには乗りたくないのだろう。苦労を「苦労」といわない。辛いことを「辛い」といわない。自分を大仰に表現されたくないのだ。彼が笑顔のあとにほんの一瞬見せる厳しい眼差し。そこには強さがある。厳しい自然と対峙し、生きものと向き合い、その恵みを尊ぶものにこそ与えられる強さ―。

杉本の豚は今年も農林水産大臣賞を受賞した。過去にも二回受賞している。 そのことに触れてみたが、「しゃぶしゃぶにして食べるのもおいしいよ」といって、彼はまた尺八を吹き始めた。

取材・文 沖山ナオミ

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