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コラム  樋口直哉 「おいしいものには理由がある 番外編」

第2回『再仕込み醤油』

数年前、仕事で鹿児島や宮崎を訪れた時、醤油の味に驚いた。「九州の醤油は甘い」とは聞いていたが、想像以上に甘かったからだ。

聞くところによると海沿いの地域ほど甘みが強いというが、醤油の味には地域差があり、種類も様々。醤油の原料は基本的に大豆と小麦。大豆と小麦を麹にし、そこに塩水を加え、諸味(もろみ)を仕込み、熟成させた後に絞ったのが濃口醤油で、もっとも一般的な醤油だ。

関西では薄口(淡口)醤油がお馴染みだ。薄口という名前だが塩分濃度は濃口より高めで、キリッとした味。仕込み期間は濃口醤油よりは短く、原料に米(甘酒)を加えている醸造元もある。

小麦を使わず大豆だけで仕込む醤油もある。中部地方を中心に製造されている溜まり醤油だ。仕込み水も少なく、熟成期間も長くとるので、濃厚な味が特徴。このところはグルテンフリーの醤油として海外からの引き合いも多いという。粘りがあるので、煮魚や佃煮をつくる時に使うと色よく仕上がる。

逆に大豆をほとんど使わない醤油もある。愛知県などで醸造されている白醤油は原料の九割が小麦。薄口醤油よりもさらに淡い琥珀色で、吸い物や卵料理、炊き込みご飯、お菓子の隠し味にも向いている。

 

最後に紹介する再仕込み醤油は山口県の柳井市が発祥とされ、大手メーカーが積極的に手がけないタイプの醤油なので、一般的には馴染みが薄い。(流通量も濃口醤油や薄口醤油に比べると少なく、全体の1%にも満たない)

大手メーカーが手がけない理由は採算性の低さだ。通常の醤油は麹に塩水を加えてつくるが、再仕込み醤油は塩水の代わりに水で割った醤油を使う。半年から1年かけて濃口醤油をつくり、それでさらに醤油を仕込むわけだから、製造原価もそれだけかかるし当然、倍以上の時間がかかる。そうしたことから「再仕込み醤油」は中小の個性のある蔵元が手がけている。

各地で製造されている再仕込み醤油の味を見ると、その個性は驚くほど違う。先の本で紹介した小豆島の蔵元、ヤマロク醤油では「鶴醤」という再仕込み醤油をバニラアイスにかけて提供している。醤油には元々、バニラの香り成分が含まれているので、バニラアイスとの相性はとてもいい。しかし「鶴醤」がかかったバニラアイスが絶品だからといって、他の蔵元がつくっている「再仕込み醤油」をかけてもおいしいとは限らない、ということだ。

以前『おいしいものには理由がある』(角川書店刊)という本を書いた時、紹介しきれなかったのがこの再仕込み醤油の使い方だ。溜まり醤油は「色を濃く仕上げたい煮物に使う」、濃口醤油は「普段使いに」、薄口醤油は「汁物に」というセオリーがあるが、再仕込み醤油の場合はどのように使えばいいのだろうか。

ところで、お蕎麦屋さんの卵焼きがおいしい理由は、普通の醤油の代わりに『かえし』を使っているから。「かえし」という名前は「煮返し」に由来し、醤油とみりん(現代では一般的にさらに砂糖が入る)をあわせて加熱し、数日間寝かせたもの。しかし、家庭では「かえし」をいちいち用意することは面倒だ。オススメはその代わりに「再仕込み醤油」を使うこと。

卵焼き(二人前)

卵 3個

上白糖 大さじ1

再仕込み醤油 こさじ1

サラダ油 少々

ダイコンおろし 適量
(茹でたダイコンの葉を刻み、辛子醤油で和えたもの)

1 ほぐした卵に加え、上白糖と醤油を混ぜる。
2 卵焼き鍋を中火で熱し、充分に温まったら、油を敷いて馴染ませる。弱めの中火にし、卵液の4分の1量を流し込む。
3 半熟になったら手前に巻き込んでいく。卵焼き器の縁で形を整えたら、奥にすべらせ、再度油を敷き、また卵液の4分の1量を注ぐ。焼いた卵の下にも流し込んで、半熟状に火を通し、巻き込んでいく。これを繰り返す。
4 適当な大きさに切り、ダイコンおろし(茹でたダイコンの葉を刻み、辛子醤油で和えたもの)を添えていただく。

だし巻き卵とは違い、砂糖と醤油が入った分、焦げやすいので火加減は中火。甘辛く、色のついた卵焼きはお店では食べられない家庭の味だ。

他にも焼き鳥のたれをつくる時、例えば濃口醤油100ccとみりん100ccをあわせたところに、再仕込み醤油を大さじ2分の1ほど加えるだけで、焼き鳥屋さんの味に近づける。このタレはサンマやイワシの蒲焼きに使ってもよく、冷蔵庫で保管もできる。再仕込み醤油を使うことで旨味をたっぷりと含んだ「かえし」や「長年使い続けたタレ」の味に近づけるというわけだ。奥深い醤油の世界、さまざまな料理で楽しみたい。

樋口直哉
作家、料理家 1981年生まれ 服部栄養専門学校卒業
2005年「さよなら アメリカ」で群像新人文学賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。著書に『大人ドロップ』(2014年映画化)『スープの国お姫様』『おいしいものには理由がある』などがある。

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